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森の中の自家焙煎コーヒー店「カフェウォールデン」で猫と音楽の生活

Acoustic Walden BANDの安曇野日記 Vol.694「昨年に引き続き東京大空襲」の巻

Acoustic Walden BANDの安曇野日記 Vol.694「昨年に引き続き東京大空襲」の巻
 
みなさんこんにちは、Acoustic Walden BANDの安曇野日記の時間です。
 
明日は東日本大震災の日ですが、今日310日は東京大空襲の日です。
空襲があったのは東京だけではありませんし、東京の空襲も310日の夜だけではありませんが、一般的に東京大空襲は310日ととらえられています。
 
僕のひいひいひいじいさんは東京日本橋で漢医をしていたらしく、江戸時代中期くらいから江戸に住んでいたようです。
で、ひいじいさんとひいばあさんは310日の空襲で浅草今戸のあたりで行方不明、というか亡くなっています。僕の出生本籍は浅草今戸です。
ひいじいさんも漢方の薬局を営んでいたようで、じいさんも薬科大学を出ているようです、もっとも当時は専門学校だったでしょうけど。
僕はコーヒーを扱っていますが、怪しげな粉を扱うのは家系でしょう。
戦後、ばあさんが家財を工面して若い音楽家に家を開放していましたけど、それも家系でしょう。
 
ひいじいさんは空襲の灯火管制のとき、「どうせ空の上からじゃ見えない」という理由で煌々と灯りを点けていたらしいですが、はた迷惑な変人ですね。
確かにB-29からの映像を見ると一軒の灯りは見えないと思いますが、東京中が点けてたらそりゃ明るいでしょうに、アホじじいです。
まぁ、、、、プロパガンダだったかな。
疎開も食料も若い世代に譲って、自分は確実に目標になっている下町を離れずに、それでいてどうすることも出来ない戦況を生み出した「日本」に対してのプロパガンダ。
数日後、じいさんが探しに行ったら、大川(隅田川)は何層かになっている死体で埋め尽くされていたそうです。文字通り、日本の礎になりました。
 
前の明治座も御茶ノ水のニコライ堂も死体でいっぱいで、戦後、おやじたちは片付けにかり出されたと言ってました。
銀座の電話線を間違って切断して、GHQに呼び出されたとも言ってましたね。
 
僕は、今の国技館の隣にある同愛記念病院で産まれました。
戦前のアメリカが、関東大震災で壊滅した東京に差し伸べた愛情の病院です。
同じアメリカに焼かれるとは思っていなかったでしょうが、隅田川のほとりにある同愛病院は奇跡的に空襲で焼け残りました。
僕が産まれたころは真っ黒な壁でカラス病院と言われていましたけど、空襲を避けるために黒く塗ったとか、空襲の煤で黒くなったとか言ってましたけど、現在の同愛記念病院の沿革にはそんなことは書かれていません。
もっとも、下町の人はずっとそこに住んでいますから、病院の人より詳しいでしょう。
 
音楽には全然関係ない話でしたけど、、、、
明日の311日は東日本大震災のことは書きません。
ただ、一人で考えたいと思っています。
 
さて、僕は楽譜を書こう。
 
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