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森の中の自家焙煎コーヒー店「カフェウォールデン」で猫と犬と音楽の生活

Waldenの安曇野日記 Vol,16

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Waldenの安曇野日記 Vol.16「喫茶店今昔物語」の巻 その2

前回の安曇野日記の今昔物語その1で、僕の高校生時代の話を書いたら好評だったから、またその話しを書いてみようかなあ。
でも、コーヒーの話しも書かなくちゃいけないし、、、。ま、良いか。

そんでもって、僕は高校時代自転車で学校まで通学していて、家から学校までは片道20キロくらいはあったと思う。往復で40キロ。
さらに、学校が終わってから新聞の夕刊配達のアルバイトを自転車でしていたので、全部あわせると、一日に60キロくらいは自転車で走っていたと思う。

朝は、当然遅刻ギリギリなので、猛ダッシュ!!
スプリント競技のトレーニング、というか本番みたいなもので、さらに荷台には教科書、弁当箱などの生活必需品、場合によっては背中にエレキギターを背負って自転車をこいで行くので、学校に行くのか引越しをしているのか、よくわからないケースもあった。
帰りも夕刊の都合があるので急いで帰ってきて、さらに重たい新聞を荷台に積んで、また自転車をこぐ。
自転車が入れないような路地や、アパートの上の方にポストがあるような家は、自分の足で走って新聞を配っていた。
2年もやったら基礎体力がついてきて、校内マラソン大会では帰宅部にもかかわらず、陸上部よりも上位に食い込んでスカウトされた。

その頃、毎朝通勤途中で僕と会うおじさんがいて、そのおじさんは毎朝、「今日こそは、あいつに声をかけてやろう」と思いながら、駅に向かっていたということです。
で、僕が自転車でいつものコーナーを回って直線コースに入るとおじさんは、「よし、今だ」、と心の準備をして、「おは、、、、、」ピューッ、、、、、、「よう、、、、」。
僕がいつも必死の形相で駆け抜けて行くので、「おはよう」と言うひまがない、ということでした。
そこで、「おは」と言う時には前を向いたままで、さらに、「よう」を言うタイミングで、頭をすばやく後ろへ向けながら発声すれば良いだろうということになり、そのおじさんは、数回練習をしてその日の朝を迎えました。
んで、当日。
「おは」ピューッ「よう」。

僕はその日、自転車では初めて音速を超えたかもしれません。
おじさんは見知らぬ人に、「よう」と声をかけたまま、首をかしげていたそうです。
僕は前回書いたように、その頃にらまれていた生活指導の先生がホンダカブに乗って見回りをしていたので、その先生の原チャリよりも速く走る必要もあったのです。
実際、一般の人の原チャリを数回、自転車で追い越した事があります。

今考えてみると、その時のエネルギーを勉強か競輪学校へ捧げていたら、今頃は大金持ちになっていたのに違いありません。
あ、今回はコーヒーの話しが出てこなかった。

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