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森の中の自家焙煎コーヒー店「カフェウォールデン」で猫と音楽の生活

Waldenの安曇野日記 Vol.26

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Waldenの安曇野日記 Vol.26「コーヒーの部屋」の巻 その3

みなさんこんにちは。
さて、安曇野日記ではもうすっかりおなじみになった、僕の叔父さんの書簡集が本になったのです。

今から40年前の叔父さんの書簡が、約130通出てきたということで、ある作詞家の方への文通書簡です。
20歳位から、亡くなる直前までの、生々しい記録を僕も初めて読みましたが、
字を見てびっくりしました。
今の僕の字と、とてもよく似ているのです。特に名字の部分は、まったく同じと言っても良い位です。
手紙ですから、内面的な話しが書いてあるのですが、時々、とてもユーモアのある書き方をしています。
書簡の最後は、自分が入院した病院から、死を覚悟したハガキを出します。
でも、それでもユーモアを忘れません。
その時は文通相手の方にも健康の問題があったのですが、叔父は自分の病気は棚に上げて、相手の仕事を気遣っています。
健康が安定するまでヘラヘラとポイントを稼いで、チャンスを待つようにと、ユーモアたっぷりに書いているのです。

僕もそうなのですが、叔父さんも真面目なことを考える思考時間に、限界があるようです。
3分しかもたない。
カップラーメンを待っている時間は哲学的な時なのですが、食べている間は、何か面白いこと言おう、と考えているのです。
真面目なことを3分以上考えると、けむりが出てくるのです。
周りの人から見れば、ただ黙っているだけですからわかりませんが、オーバーヒートするんでしょうね。

日本全体が貧乏だった時代に、叔父の家は特に貧乏だったようです。
学費を捻出するだけではなく、食費を確保することに必死だった当時の様子を、父に聞きました。
貧乏で靴が買えなくて、自分で下駄を作って通学していたということです。
それでも音楽を勉強していたのですから、きっとつらいことや、悔しいこともあったでしょうね。目白にある、大きな製薬会社の社長さんが応援してくれていたとか。
運命に立ち向かう時代に、ユーモアを忘れなかったのは素晴らしいですね。
きっと、そうやってバランスを取っていたのでしょう。

書簡には、コーヒーの話しは出てきませんが、自分が作曲した曲の題名は書いてありました。
メロディはもうわかりませんが、曲名を知ることはできました。
ただ、最後の方の手紙にこんなことが書いてありました。
「ただ自分の好きなことに集中したい、ゲーテのファウストほどの欲はないけれど、世の中のたくさんのことを経験してみたい。そして、自分を表現する空間が欲しい」。
たくさんのことをやり残したのでしょう。

でも、だまされてはいけません。
真面目なことを書いた直後に叔父さんは、何かアホなことを考えているはずです。

そういえば、僕の姪を神宮球場に連れていった時に、姪はグラウンドではなく、外野のフェンスを見つめて何か物思いにふけっていました。
「何か心配なことがあるの?」と聞いたところ。
「あのフェンスの向こうから、巨大なミミズが出てきたらどうしよう」

姪のことが心配になりました。
血はあらそえませんね。

ウォールデンが、叔父さんが想像していたような空間になれたら良いな、と思います。

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